シュテファン大聖堂から西に直線で約5kmのとこにある・・・
世界遺産に登録されている、宮殿に、来たわよ

約、200ヘクタールの広大な敷地なのでしゅ。
100メートルの正方形の面積 =1ヘクタール
「ここよ〜!」この広さ、トレインに乗らなきゃ、回れないの。
では、リッピがご案内致しま〜す!
右に見えます、黄色の建物は、えっとぉ〜

シェーンブルン宮殿でございま〜す

18世紀、ハプスブルク帝国の女帝マリア・テレジアによって
建造されたものです。

この宮殿の黄色はね、マリア・テレジアン・イエローと呼ばれてるのよ。
当初は、くすんだピンクだったそうなの。
マリア・テレジアの夫が、金色にすると言ったそうなのよ・・・
それでは、莫大なお金がかかるので、倹約家のマリア・テレジアが、
黄色で我慢させたそうなの。。。。
実際、近くで見ると、淡いクリームの肌色の上品な黄色だったでしゅ。


宮殿の名前の由来はね、ハプスブルク家の皇帝、マティアスが、
狩猟時に、この地に、美しい泉を発見して、命名したと伝えられているの。
シェーン=美しい
ブルン=泉
シェーンなリッピ(人´∀`).☆.。.:*・
狩猟用の別荘から、歴代の皇帝らが増築・造作を行い、マリア・テレジア
(在位1740年 - 1780年)の時代に完成されたのです。

ハプスブルク家唯一の女帝で、最大の権力を誇ったマリア・テレジアは、
16人も王子・王女を産んだのよ。
ハプスブルク家の言い伝え「戦争を避け、結婚させよ」に従って、結婚によって
隣国と同盟をどんどん結んで行ったの。
この政策でフランス・ブルボン家に送られ、フランス革命で政府から
死刑判決を受け、ギロチンで斬首刑にされたマリー・アントワネットは、
マリア・テレジアの娘なのです

宮殿に招待された6歳(神童)モーツァルトが転んで、マリー・アントワネットが
助け起こしたところ、「僕と結婚して」とプロポーズした、という伝説があるの。

宮殿の部屋数は、1441室もあって、宮殿の中心に位置している華麗な大広間は、
夜毎晩餐会や舞踏会が開かれたそうよ

舞踏会の夜は、4000本の蝋燭に灯が灯るそうなの

4000本の蝋燭に、何人で、つけるのかちら


ウィーンのお空は、まるで絵画みたい。
雲は、白の絵の具で描いたよう

そして、宮殿の後ろには巨大な庭園が、どこまでも〜どこまでも〜
広がってまちたぁ

噴水もあるし、庭園も素晴らしく、日本庭園もあってビックリ(@。@)
それに250年前に誕生の世界最古の動物園まであるのです。
皇帝夫妻が、動物を見ながら朝食を摂るために建てられたパビリオンもあるの。
今は、カフェとして人気を博しているわ

リッピの感激をね
シェーンブルン宮殿の公式サイト是非、見て下さ〜い。
独語、英語版ですが、ヴァーチャルツアー楽しめるでしゅ


1740年23歳の若さで即位したマリア・テレジアは、強靭な精神力と
巧みな政治手腕で帝国に、繁栄と安定をもたらしたのです。
そんな多忙なマリア・テレジアだけれど、家庭も大切にしてるのよ。
食事は毎日子供達と一緒

初恋の夫の死後は、生涯喪服を着て生活してたそうよ。
リッピもそんなレディーに、なりたいわ


でも、リッピは、まだまだ当分、子どもですからぁ

お腹が空いてきたので、レデーの歴史のお勉強は切り上げて

「走れー!」ウィーンの街には、このように馬車が走ってるのよ

リッピ、今からモーツアルトも行ったカフェに向かいま〜す
カフェ・Tomaselliで、休憩!きゅうけ〜い

ここで、ゆっくり、
サスペンス小説「たなぼた殺人事件」の続き読みましょ

え〜と、どこまで読んでたかちら。。。

そうそう、『たなばた殺人事件』も、オシャレなCafeだったでしゅ

美味しいディナーを食べながら、女達の恋の探りあいの夜

までのダイジェストで止まってまちた

いけない、いけない

早く読んで、宣伝しなきゃ

ma&aちゃんに、妬まれちゃうかモォー!! o(*≧д≦)o″))
「リッピだけ、夏休みして!」 
「ほんと困った子ねぇ〜」 「何?この通知簿」ma&aちゃんの声だンモォー!! o(*≧д≦)o″))
「わぁ〜オール1じゃない!」 「ハハハッ〜」なんで?あの2人、ウィーンにいるのンモォー!! o(*≧д≦)o″))
「リッピ、一番って言ってたけど・・・」 「いちは、いちでも、最悪の1じゃない」え?リッピのことなの??
「リッピ!起きなさい!」 「リッピ!いつまで寝てるのよ!」うっそぉ〜*********************************
リッピもランキングに参加してるの、
みなさん、応援よろしくお願いしま〜す
ココを

押してネ


コチラ本館HP
姉妹ブログmaa